近年、ニュースで耳にすることが増えた「不適切保育」や保育士による虐待疑いの事案。 同じ保育士として、胸が締め付けられる思いでニュースを見ている方も多いのではないでしょうか。
「あんな酷いことをするなんて信じられない」 そう思う一方で、日々の忙しさの中で**「もしかしたら、自分の保育も『不適切』と言われるかもしれない」**という小さな不安を感じる瞬間はありませんか?
この記事では、現役保育士である私の視点から、なぜ不適切保育が起きてしまうのかを深掘りします。 国が定める定義やガイドラインだけでなく、その根底にある**「子どもの人権」**の問題、そして現場だからこそ分かる「保育士の心理的な5つの要因」まで、徹底的に紐解いていきましょう。
そもそも「不適切保育」とは?(虐待との違い)
もくじ
まず整理しておきたいのが、「不適切保育」と「虐待」の関係です。 「不適切保育」=「虐待」だけではありません。実は、不適切保育はもっと広い範囲の行為を指します。
イメージとしては、「不適切保育」という大きな枠の中に、最悪のケースとして「虐待」が含まれていると考えてください。
1. 虐待(レッドカード)
法律(児童虐待防止法)に触れる、明らかな権利侵害行為です。
- 身体的虐待:叩く、蹴る、無理やり食べさせるなど。
- 性的虐待:わいせつな行為など。
- ネグレクト:食事を与えない、無視する、不潔なまま放置するなど。
- 心理的虐待:暴言、脅し、自尊心を傷つける行為など。
2. 不適切な保育(イエローカード/グレーゾーン)
虐待と断定まではされなくとも、「不適切」とされる保育です。現場で日常的に起こりやすく、かつ見過ごされやすいのがこのゾーンです。
- 「早くして!」と過度に急かして、子どものペースを乱す。
- 子どもを「ちゃん付け」せず、呼び捨てやあだ名で呼ぶ。
- 子どもの訴えに対して「あとで」と言ったきり忘れる。
- 大人の都合(業務の効率化など)を優先し、子どもをコントロールする。
これらは、すぐに警察沙汰にはならないかもしれません。しかし、これらが積み重なることは、子どもにとって虐待と同様に心を深く傷つける行為であり、エスカレートすれば虐待につながる「芽」でもあります。
核にあるのは「子どもの人権無視」
不適切保育(グレーゾーン)に共通しているのは、**「子どもの人権を無視した関わり」**であるという点です。
「人権」と聞くと難しく感じるかもしれませんが、シンプルに言えば**「子どもを一人の人間として尊重しているか」**ということです。
もし相手が尊敬する大人や、保護者であればしないようなことを、子ども相手ならしていませんか?
- 無言で鼻を拭く(大人相手なら「拭きますね」と声をかけるはず)。
- 後ろから急に抱き上げる(大人なら驚かせないよう声をかけるはず)。
- 着替えやおむつ交換を、まるで「作業」のように流れ作業で行う。
これらはすべて、子どもを「一人の人間(権利の主体)」としてではなく、「管理すべき対象」や「未熟な存在」として扱っていることから生まれる人権軽視の表れです。
なぜ「子どもの人権」を大切にしなければならないのか?
「しつけのためには仕方ない」「集団生活だから我慢も必要」 そんな声も聞こえてきそうですが、なぜ私たちは子どもの人権を絶対に守らなければならないのでしょうか。理由は大きく3つあります。
① 自己肯定感の土台になるから
「自分の話を聞いてもらえた」「嫌だという気持ちを受け止めてもらえた」。 人権を尊重される(大切に扱われる)経験を通して、子どもは「自分は生きていていい存在なんだ」「自分は大切な人間なんだ」という自己肯定感を育みます。逆に、人権を無視された扱いは、子どもの心に「自分はどうでもいい存在なんだ」という深い傷を残します。
② 「人を大切にする心」が育つから
子どもは、されたようにしか育ちません。 大人から力でねじ伏せられた子は、自分より弱い者(年下の子など)を力でねじ伏せるようになります。逆に、大人から尊重され、丁寧に扱われた子は、他者を尊重し、大切にできる人間に育ちます。 私たちは保育を通して、未来の社会を作る人間を育てているのです。
③ 子どもは「権利の主体」だから
これは根本的な話ですが、子どもは親や保育士の所有物ではありません。 大人と同じように、生まれながらにして幸福を追求し、意見を表明し、尊重される権利を持った一人の人間です。 「子どもだから」という理由で、その権利が脅かされていい理由はどこにもないのです。
なぜ起きる?保育現場が抱える「構造的な問題」
人権の大切さは頭で分かっていても、現場ではそれが守れない現実があります。そこには、個人の資質以前に**「構造的な問題」**が大きく立ちはだかっています。
1. 余裕のない職員配置基準
日本の配置基準(4歳児30人に保育士1人など)では、一人ひとりの「人権」を尊重して丁寧に関わることが、物理的に困難な場面が多々あります。この「余裕のなさ」が、保育士を焦らせ、「管理保育」へと走らせる最大の要因です。
2. 業務過多と労働環境
事務、製作、行事準備…。休憩も取れず、心身ともに疲弊した状態では、子どもの心に寄り添う「精神的な余裕」を持つことは不可能です。
こうした厳しい環境があることを前提としつつ、それでも私たちがプロとして踏みとどまるために、保育士自身の内面(心理的要因)についても直視する必要があります。
現役保育士が分析!不適切保育を引き起こす「5つの心理的要因」
ここからは、私自身が現場で感じてきた実態を、保育士の心理面にフォーカスして紐解いていきます。
要因1:知識の無さ(倫理観と専門性)
「昔はこうだった」「自分が子どもの頃は叩かれた」 そんな個人の経験則で保育をしていませんか? 現代の保育では、子どもの人権や発達に関する専門的な知識が不可欠です。「完食させることが正義」「言うことを聞かせるのが良い先生」という誤った知識(思い込み)が、不適切保育の入り口になります。
要因2:環境による弊害(職場文化)
先輩が子どもを呼び捨てにしたり、大声で怒鳴ったりしていると、新人はそれが「当たり前」だと錯覚します。「朱に交われば赤くなる」の通り、人権感覚の麻痺した職場環境に染まらないよう、常に客観的な視点を持つ強さが必要です。
要因3:対人の関わりが「作業」になる
毎日のルーティンの中で、おむつ替えや手洗いが「こなすべきタスク」になっていませんか? 子どもを「処理する対象」として見た瞬間、そこから人権への配慮は消え失せます。目の前にいるのは「感情を持った人間」であること。この原点を忘れてはいけません。
要因4:「〜せねばならない」の弊害
「寝かせなければならない」「座らせなければならない」。 この思考は、子どもの「眠くない」「動きたい」という生理的欲求や主体性を否定することに繋がります。「〜せねばならない」で縛ることは、子どもの自由を奪う人権侵害になり得るのです。
要因5:感情のコントロールが出来ない
イライラをそのまま子どもにぶつけるのは、力による支配です。 プロである以上、自分の感情(怒り)と、子どもへの指導は切り離さなくてはいけません。アンガーマネジメントも、現代の保育士には必須のスキルと言えるでしょう。
明日から使える!不適切保育を防ぐ「セルフチェックリスト」
あなたの保育は「人権」を守れていますか? 全国保育士会の資料などを参考に、日々の保育を振り返るチェックリストを作成しました。
【人権尊重・言葉かけのチェック】
- □ 子どもを呼び捨てや、「お前」「あの子」と呼んでいないか?
- □ 子どもの身体的特徴や失敗をみんなの前で笑っていないか?
- □ 「〇〇しないと置いていくよ」と脅していないか?
- □ 子どもの「イヤだ」という拒否を、無視して進めていないか?
- □ 無言で身体に触れたり、後ろから急に抱き上げたりしていないか?
【生活・活動場面のチェック】
- □ 食事を無理やり口に入れたり、完食を強要していないか?
- □ 排泄の失敗を叱責し、恥ずかしい思いをさせていないか?
- □ 活動の切り替え時、子どもの腕を強く引っ張っていないか?
- □ 「先生の言うことを聞く子」=「良い子」として扱っていないか?
チェックがついた項目があれば、それは「黄色信号」。 子どもの人権を無意識に侵害していないか、立ち止まって考えるチャンスです。
保育士として保育を行っていく為に
保育士は、単に子どもを預かるだけの仕事ではありません。 子どもの**「人権」を守り、その心と未来を育む専門職**です。
不適切保育や虐待は、決して許されるものではありません。しかし、過酷な労働環境の中で、誰もがその境界線に立たされるリスクを持っています。
だからこそ、「自分は大丈夫」と思わず、常に**「これは子どもの人権を尊重しているか?」**と自問自答し続けること。そして、一人で抱え込まずにチームで保育の質を高め合っていくことが大切です。
子どもたちが安心して「自分らしく」いられる場所を作るために。 私たち一人ひとりができることから、意識を変えていきましょう。



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