テーマ:食の自立を支える「自己決定」と「生理的メカニズム」
1. 「完食指導」が生むリスク(トラウマの形成)
もくじ
かつては「偏食をなくす」「感謝の心を育てる」という名目で、完食指導が当たり前のように行われていました。しかし現在、これは以下の理由から**「不適切保育(虐待に近い行為)」**とされる傾向にあります。
- 「会食恐怖症」のリスク
- 「食べ終わるまで遊べない」「残すと怒られる」という経験が積み重なると、給食の時間自体が恐怖の対象となります。
- 大人になっても「人と食事をするのが怖い」「吐き気がする」という会食恐怖症の原因の多くは、幼少期の給食指導にあると言われています。
- 誤った目的設定
- 保育士の目的が「皿を空にすること(業務遂行)」にすり替わっています。本来の目的は「楽しく食べる(食への意欲)」「自分の適量を知る(身体感覚)」ことです。
2. 生理学で見る「食べられない理由」
芦田先生が「監視されたら美味しくない」と言ったのには、明確な医学的根拠があります。
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- 交感神経(戦う神経)と消化機能
- 怒られたり、緊張したりすると、人間の体は交感神経が優位になります(戦うか逃げるかモード)。
- この時、体は筋肉に血液を送るため、胃腸の働きをストップさせ、唾液の分泌を抑制します。
- つまり、先生が仁王立ちで「食べなさい!」と怒れば怒るほど、子どもの喉は渇き、胃は動かなくなり、物理的に飲み込めなくなるのです。
- 副交感神経(リラックス)の重要性
- 消化吸収を促すには、リラックス状態(副交感神経優位)が必須です。
- 「楽しい雰囲気」は甘えではなく、栄養を摂取するための身体的な必須条件なのです。
3. 魔法その1:「自己決定」の心理学
タケル君への「米粒作戦」で使われたのは、**自己決定理論(Self-Determination Theory)**の応用です。
- 統制の所在(Locus of Control)
- 「食べなさい」(他者決定): やらされている感覚。失敗したら他人のせい、成功しても嬉しくない。
- 「これくらいならいける」(自己決定): 自分で決めた感覚。自分で決めた約束は守りたくなる心理(コミットメント)が働きます。
- スモールステップの効果
- 苦手な食材は、子どもにとって「巨大な壁」です。「米粒ひとつ」までハードルを下げることで、「これならできる(自己効力感)」を引き出します。
- 「食べた」という事実を作ることが最優先であり、量は二の次です。
4. 魔法その2:「共食」とミラーリング
鈴木先生が「美味しそうに食べる」ことの効果は、単なる演技以上の意味があります。
- ミラーニューロン(共感細胞)
- 人間の脳には、他者の行動を見て、自分も同じ体験をしているように感じる神経細胞(ミラーニューロン)があります。
- 目の前の信頼できる大人が「美味しい!」と笑顔で食べていると、子どもの脳内でも「美味しそう」「食べてみたい」という信号が微弱ながら発生します。
- 社会的促進
- 人は一人で食べるより、誰かと一緒に食べたほうが食が進む現象です(共食)。
- 保育士が「監視役(Police)」ではなく「共食者(Partner)」になることで、この効果が発動します。
【まとめ:明日からの実践ポイント】
| 従来の指導(完食指導) | 明日からの指導(食育) | 科学的根拠 |
| 「全部食べなさい」 (量の強制) | 「どこまでなら食べられる?」 (量の交渉) | 自己決定権の尊重により、意欲を引き出す |
| 「残すのは悪いこと」 (罪悪感) | 「チャレンジして偉かったね」 (プロセスの評価) | 結果ではなく、挑戦した姿勢(意欲)を肯定する |
| 机の間を巡回・監視 (緊張) | 一緒に座って美味しそうに食べる (安心) | 副交感神経を優位にし、消化機能を正常に保つ |
第2章の深掘りは以上です。
「生理的に受け付けない状態(交感神経優位)」の子どもに無理やり食べさせることは、身体的な苦痛を与えることと同じである、という理解が重要ですね。



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