テーマ:自律神経のスイッチと心理的同調(ペーシング)
1. なぜ「早く寝ろ」と言うと目が覚めるのか?
もくじ
物語の中で、芦田先生は「眠気は生理現象」と言いました。これを医学的に説明すると、自律神経のスイッチの話になります。
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- 睡眠=副交感神経(リラックス)
- 人が眠るためには、脳と体が副交感神経優位(リラックスモード)になる必要があります。
- 心拍数が下がり、呼吸が深くなり、筋肉が緩むことで、脳は「あ、今は安全だ。休んでいいんだ」と判断してスイッチを切ります。
- 強制=交感神経(興奮・覚醒)
- 「動くな!」「寝なさい!」と怒鳴られたり、体を強く押さえつけられたりすると、子どもは生命の危機を感じます。
- すると交感神経(戦うか逃げるかモード)が急激に活性化します。
- 結果: 心拍数が上がり、瞳孔が開き、脳が覚醒します。「眠くないから寝ない」のではなく、「非常事態だから眠るわけにいかない(眠ったら殺される)」という防衛本能が働いているのです。
2. 魔法その1:「ペーシング」の極意
鈴木先生が実践した「呼吸を合わせる」という行為は、心理学やNLP(神経言語プログラミング)で**「ペーシング(同調)」**と呼ばれる高等テクニックです。
- 同調(Pacing)→ 誘導(Leading)
- いきなりゆっくり叩いても、興奮している子どもとの波長が合いません(ズレによる不快感)。
- ステップ1(同調): まず、子どもの速い呼吸や心拍に、保育士の手の動きを合わせます。「あなたの今の状態を分かっているよ」という身体的なメッセージを送ります。
- ステップ2(誘導): 波長が合った(安心した)と感じたら、そこから徐々にリズムを落としていきます。すると、引きずられるように子どもの呼吸も深くなっていきます。
- メトロノーム効果
- たくさんのメトロノームを同じ台に置くと、やがて全てのリズムが揃う現象(引き込み現象)と同じ原理です。
3. 魔法その2:「逆説志向(パラドックス)」の効果
「寝なくていいよ」と言うことで逆に眠くなる。これは精神科医ヴィクトール・フランクルが提唱した**「逆説志向」**の応用です。
- 予期不安の除去
- 不眠の最大の原因は「眠れなかったらどうしよう」「寝なきゃいけないのに」という**プレッシャー(予期不安)**です。
- 保育園の子どもも同じです。「寝ないと先生に怒られる」というプレッシャーが、最大の覚醒要因になっています。
- 「充電」へのリフレーミング
- 「睡眠(意識を失う)」をゴールにするとハードルが高いですが、「充電(横になるだけ)」なら誰でもできます。
- 「戦わなくていい」と許可が出た瞬間に、脳の緊張が解け、結果として入眠(副交感神経への移行)が起こります。
4. SIDS(乳幼児突然死症候群)対策と「不適切保育」
この章のテーマは、安全管理の観点からも非常に重要です。
- 危険な寝かしつけ
- 無理やりうつ伏せにする、動きを封じるために布団を巻きつける等の行為は、SIDSや窒息事故のリスクを高めるだけでなく、明らかな**虐待(身体的拘束)**です。
- 「休息」の再定義
- 『保育所保育指針』では、「睡眠」ではなく**「休息」**という言葉が使われています。
- 体力のある4、5歳児の中には、昼寝を必要としない子もいます。その子たちに睡眠を強要することは、人権侵害になりかねません。
- 「静かに体を休める」ことができれば、それでOKとする柔軟な運用(ルボ・静かな遊びの保障)が、現代の保育スタンダードです。
【まとめ:明日からの実践ポイント】
| 従来の寝かしつけ(強制) | 明日からの寝かしつけ(招待) | 科学的・心理的根拠 |
| 強い圧でトントン (杭打ち) | 呼吸に合わせて優しく (同調) | 安心感を与え、交感神経(興奮)を鎮める |
| 「早く寝なさい!」 (命令) | 「寝なくていいよ、充電しよう」 (許可) | プレッシャー(予期不安)を取り除き、リラックスさせる |
| 全員強制睡眠 (管理) | 眠れない子は静かに休息 (個別対応) | 生理的欲求の個人差を尊重する(指針に準拠) |
第3章の深掘りは以上です。
「寝かしつけ」は技術(テクニック)です。根性論で押し込むのではなく、科学的なアプローチをとることで、保育士自身の精神的・肉体的負担も劇的に減ります。



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