第8章 深掘り解説

読み物・雑記

テーマ:見せるための保育からの脱却と「非認知能力」の育成

1. なぜ先生は「鬼演出家」になってしまうのか?

物語の鈴木先生のように、行事の練習で豹変してしまう保育士は少なくありません。これには構造的な理由があります。

  • アウトカム(結果)評価の呪縛
    • 「本番で失敗したら、日頃の保育が悪いと思われる」「親御さんをガッカリさせられない」というプレッシャーが、保育士の視野を狭くします。
    • 結果(綺麗な劇)だけを追い求めると、子どもは「演者(道具)」になり、保育士は「操縦者」になります。
    • リスク: 子どもは「先生に怒られないように動く」ことだけを考え、表現する喜びや自発性を完全に失います(学習性無力感)。

2. 「プロセス・クオリティ」という新しい評価軸

芦田先生が提案した「練習風景の掲示(ドキュメンテーション)」は、近年世界的に注目されている**「レッジョ・エミリア・アプローチ」**などで重視される手法です。

  • 評価軸のズラし
    • 保護者は、プロセスを知らなければ「本番の出来栄え」でしか評価できません。
    • しかし、「衣装を自分たちで決めて喧嘩したこと」「セリフが覚えられなくて悔し泣きしたこと」などの**ドラマ(過程)**を知っていれば、本番で失敗しても「あんなに頑張ったんだから」と、感動のストーリーとして受け止められます。
  • 保育士の精神安定剤
    • プロセスを共有することは、実は保育士自身を守ることにも繋がります。「完璧じゃなくていい、この成長過程を見てもらおう」と割り切れるため、過度な指導が不要になります。

3. ハプニングこそが「非認知能力」を育てる

劇中、鬼の金棒が落ちた時に「相撲」で解決したシーン。従来の価値観では「大失敗(ふざけている)」ですが、新しい教育観では**「最高評価」**に値します。

  • レジリエンス(回復力)と問題解決能力
    • これからの社会で必要なのは、決められたことをこなす力(認知能力)よりも、予期せぬトラブルが起きた時にどう対応するかという**「非認知能力」**です。
    • 「金棒がない! どうしよう?」とパニックにならず、「相撲だ!」と代案を出せたのは、普段から「正解は一つじゃない」「失敗してもいい」という心理的安全性(Psychological Safety)が保障されていたからです。
  • インプロビゼーション(即興)の脳科学
    • 恐怖で支配された脳(萎縮した状態)では、柔軟な発想は生まれません。
    • 「先生なら笑って許してくれる」「友達が助けてくれる」という安心感があって初めて、脳の前頭葉が活発に動き、クリエイティブな解決策を生み出します。

4. 行事は「大人の作品」か「子どもの表現」か

行事のあり方を見直すためのチェックポイントです。

  • 不適切な行事指導(Teacher-Centered)
    • 台本・選曲・衣装・動きを全て大人が決める。
    • 「揃えること」「間違えないこと」が最優先。
    • 練習中に笑顔がない。
  • 主体的な行事指導(Child-Centered)
    • 「何の劇をやりたい?」「鬼はどうやって倒す?」と子どもと相談して決める。
    • 「表現すること」「楽しむこと」が最優先。
    • 練習中、子どもたち同士の会話や提案がある。

【まとめ:明日からの実践ポイント】

従来の行事指導(管理)明日からの行事指導(共創)教育的効果
「台本通りにやりなさい!」 (暗記)「困ったらどう助け合う?」 (対話)トラブルに強い「生きる力(非認知能力)」が育つ
「本番成功させようね」 (結果重視)「練習の様子を写真で伝えよう」 (過程重視)保護者の視点が変わり、失敗への許容度が上がる
大人が決めた動きを教え込む (注入)「鬼ってどんな動きかな?」 (引き出し)自分で考え表現する「主体性」と「創造性」が育つ

第8章の深掘りは以上です。

行事のシーズンになると、どうしても「大人の見栄」が出てしまいがちですが、本来の主役は誰かを思い出させてくれるエピソードでした。

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